「不妊治療を始める」という言葉は、当時の私にはまだ遠い存在だった。
年齢のことも、PCOS(多嚢胞性卵巣症候群)のことも、ずっと心のどこかでは気にしていたけれど、
“今すぐ治療が必要”という意識はなかった。
最初の婦人科受診は、妊活というよりも “相談” に近かった。
排卵チェックなんてしたこともなく、妊活アプリも詳しく使いこなせていなかった。
とりあえず医師に状況を確認してもらいたい、そんな軽い気持ちで受診したのを覚えている。
診察室で先生に「まずはタイミング法から始めましょう」と言われた。
私は、妊活には段階があることも知らなかったので、素直に「そうなんだ」と受け止めた。
ただ、ひとつ問題があった。
PCOSの私は、そもそも排卵しているのかさえ分からないこと。
そこで最初に処方されたのが、排卵誘発剤のクロミッド。
しかも私は生理が自然には来ないので、すでにデュファストンで生理を起こしていた。
薬が増えていくことに、内心少し戸惑いを感じた。
生理5日目からクロミッドを飲み、排卵予定日2日前から排卵チェッカーを使い始める。
うっすらと線が出る日が続き、「あ、排卵してるのかもしれない」と希望を感じた。
通院のたびにその状況を先生にも伝えると
「排卵してますよ、大丈夫ですよ」
と言われたので、安心していた。
でも、同じ方法を2か月続けても妊娠には至らなかった。
病院での検査は、問診と血液検査のみ。
エコーで排卵状況を細かく見ているわけではない。
「このまま続けていいのかな?」
そんな疑問がふと浮かぶようになった。
3か月目、私は思い切って病院を変えてみた。
別件で通院しているクリニックのすぐ近くにレディースクリニックがあり、
「せっかくだし行ってみようかな」という軽い気持ちで予約を取った。
新しいクリニックでも、治療方針はクロミッド+タイミング法。
ただひとつだけ、前の病院と大きく違う点があった。
それは “排卵予定日に必ず受診してください” という指示。
排卵検査薬の結果だけでなく、実際に卵胞が育っているかどうか、
排卵が起こっているかどうか、エコーで直接確認する必要があるという。
排卵日は、都合よく休日には来ない。
仕事を早退してクリニックへ向かう日もあった。
「忙しい日に限って排卵日なの、なんで?」と笑いながら、
それでも通院を続けた。
そしてある日の診察で、先生に言われた言葉に驚いた。
「排卵できていません。卵も育っていません。」
私はてっきり排卵チェッカーの線がうっすら出ていたから、
「ここから排卵するのかもしれない」と思い込んでいた。
でも実際は違った。
検査薬の“うっすら反応”は、排卵しようとしているサインではなく、
ただのホルモンの波を拾っていただけだったのかもしれない。
そこで先生から提案されたのが
「プレコンセプション外来」 という言葉。
初めて聞く名前に頭が「???」でいっぱいになった。
プレコンセプション外来とは、
“妊娠を希望する女性が、妊娠に向けて体を整えるために受ける外来”。
妊娠していなくても受診でき、
生活習慣・体重・ホルモン・栄養状態…
すべてを確認して「妊娠しやすい状態に近づける」ためのもの。
先生が予約を取ってくれて、私は少し遠い大学病院へ向かった。
大きな病院の部屋で医師の説明を聞いたとき、
私は初めて“現実”に向き合うことになった。
「現状のまま妊娠しても、流産の可能性が非常に高いです。」
「まずは減量をしましょう。」
その言葉はショックだったけど、
同時に「じゃあ今できることを始めよう」と気持ちが切り替わった。
医師が提示してくれた“道しるべ”が、
不安でいっぱいだった私の気持ちを少し軽くしてくれた。
そこで決めたのが、
一定期間は不妊治療を休み、減量に集中すること。
そのためにマンジャロを使うことも提案された。
「治療から一旦離れる」という選択は勇気が必要だったけど、
未来を考えると必要なステップだと感じた。
不妊治療の始まりは、
ドラマのような大きな出来事ではなく、
小さな違和感や、「このままでいいの?」という気持ちからだった。
病院を変えたり、検査を受けたり、
時には落ち込むこともあったけど、
確実に一歩ずつ進んでいるんだと思えるようになった。
PCOSだからこそ、
焦らず、体を整えながらゆっくり進む方法を選んだ。
それが、私にとっての“妊娠への最初の一歩”。
これからも不安はあるけれど、
あの日先生に示してもらった道しるべを信じて進んでいきたい。


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